いつかまた
保健委員だから、と。
何も知らない人が聞いたら首を傾げてしまうような理念を胸に君は行く。
敵味方善悪も関係なく。
朝も夜も関係なく。
怪我の大小に関わらず、君は駆けつけずにはいられない。
その苦しみは君の苦しみではないはずなのに。
自分と他人の心の境界線を行ったり来たりしながら。
戸惑わず寄り添い、躊躇わず離れない。
君は他人が幸せだと、さも自分のことのように喜ぶのだ。
「ほんと、忍者に向いてない」
雑渡の言葉に伊作は包帯を整理する手を止めた。ゆっくりと顔を上げ、医務室にすっかり溶け込んでいる雑渡を半眼で見る。
「もう千回以上聞きましたけど」
「……そんなにけなしてないよ」
「分かっています。ものの例えです。ってか、やっぱりけなしてたんですね、僕のこと」
伊作は拗ねたように唇を尖らせた。
「好きな子ほどいじめたいものさ」
妙に真面目腐って言う雑渡に、伊作の顔はみるみるうちに赤くなった。
「ふ、普通に接してくださいな。雑渡さんの感情表現は分かりにくいです」
「忍者だからね。悟らせないのさ」
「何ですか。こんな時ばかり忍者を持ち出して」
慌てたように言うと、伊作は雑渡から視線をはずした。そんな伊作は雑渡の目にいつも愛しく映る。
時間など関係ないのだと思わせてくれる。
雑渡と伊作が積み重ねてきたものなど無いに等しい。
これから積み重ねていけるものがあるのかと問われれば、是とは応えられない。
明日のことなんて誰にも分からない。
その分からないものに身をゆだねるのは危険だ。
けれど。
見えない明日へ続く毎日の中、君と出会った。奇跡のように。現実の君と出会った。
意味不明な正義感に溢れた君に、ぐんぐん惹かれていく自分が手に取るように分かった。
君と出会って初めて、生と死が見えた。
君と出会って初めて、生でもない死でもないものが見えた。
現在進行形の自分がここに居る意味。世界の鮮やかさ。誰かを想うことのもどかしさ。
今。
今、君と言葉を交わしている。
言葉にならない想いを募らせている。
他愛もない同じ言葉を何度も繰り返せる君との未来があるのなら、千回でも万回でも、君を慈しむ言葉を紡ぐよ。
例えそれが難解な感情表現だとそしられようとも。
やはりこの気持ちが還っていく場所は君の下でしかない。
だから。
君は笑っていて。幸せでいて。
大好きな君と出会えたこの人生がたまらなく大好きだから。
君が保健委員だから、と言うように。
わたしも君が大好きだからという、とても正当な理由で君の傍に居よう。
いつか、遠く、君が離れていくその時まで。
「何ですか、にやにやして」
ゆるんだ顔を伊作に咎められ、雑渡はさらに相好を崩した。
「伊作くんと居るんだから。そりゃニヤつくでしょ」
「では。ニヤついた罰として、包帯巻くのを手伝ってくださいな。明日は保健委員会で合戦場へ出向いて、応急処置の訓練をするんです」
「おお。いつもながらに大したもんだ。喜んで包帯巻き巻きを手伝うよ」
雑渡は張り切って洗いざらしの包帯を手に取った。
この包帯の中に伊作の明日がある。
雑渡の明日はどうなっているのだろう。少なくとも、伊作と一緒に居ないことだけは確かだ。
そうだとしても。
だからこそ。
それぞれに日々を重ねたい。
いつかまた、君と出会うために。
終わり